ベンガル娘のお休み処

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長島愛生園の歴史、そして未来へ

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前回、「日本のエーゲ海」こと岡山県瀬戸内市牛窓周辺の記事を書きましたが、このとき、足を伸ばしたのは、同じく瀬戸内市にある「長島愛生園」でした。

国立療養所「長島愛生園」歴史館 岡山県瀬戸内市


計画していなかったので、まずは総合案内(喫茶が併設されています)に行って、置いてあるパンフレット類をいただきました。

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敷地内に歴史館がありますが、パンフレットに「見学には事前予約が必要です。」とあります。

無理かも、と思いながら歴史館を覗いてみると、快く受け入れてくださいました。受け入れ人数に限りがあるものと思われますので、連絡してから行くのが無難だと思います。

なお、先ほどサイトを見たところ、緊急事態宣言の関係で、2021年9月13日まで閉館しているようです。

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1 長島愛生園の歴史

長島愛生園の歴史について、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、ごく簡単に説明します。

長島愛生園は、日本初の国立療養所として1930(昭和5)年に開設されました。そして、国の政策として多くのハンセン病患者がこの療養所に隔離されました。

 

2 長島愛生園歴史館について

歴史館は1930(昭和5)年に管理棟として建てられたもので、現在は登録有形文化財に指定されています(冒頭の写真)。

まずは映像室に案内され、ハンセン病とその歴史についての映像を視聴しました。その後は、1階と2階にある各種の展示を見ました。ハンセン病の政策や医学に関する展示、長島愛生園の歴史に関する展示のほか、入所者のギャラリー(陶芸、絵画、写真、木工など)もあります。

また、歴史館のほか、周辺の史跡を巡ることもできます(2021年8月現在、コロナの関係で一部制限されていました。)。

 

3 ハンセン病とは

ハンセン病は、主に皮膚や末梢神経を侵す慢性の感染症ですが、1945(昭和20)年頃には特効薬ができ、治る病気になっていたにもかかわらず、らい予防法が廃止される1996(平成8)年まで、隔離政策が漫然と続いていたのです。

なお、ハンセン病の感染力はとても弱く、現在の日本で新規に発症する人はほとんどいないようです。

また、現在愛生園に残っていらっしゃる方も、病気自体は治癒しており(回復者)、後遺症や高齢のため医療や介護が必要ということです。

 

4 ハンセン病を扱った作品

横道にそれますが、エンタメ好きとしては、ここでハンセン病を扱った作品に触れておきたいと思います。

正面から扱った作品として、河瀬直美監督の「あん」があります。私はAmazonPrimeで見ました。主演の樹木希林さん、助演の永瀬正敏さんの演技に心動かされ、涙しました。生きる意味のない命なんてない、と教えてくれます。

ちなみに「あん」は、あんこの「あん」です。あんこ食べたくなる映画でもあります。

松本清張の「砂の器」は何度も映画化、ドラマ化されています。ただ、原作や古い映画では、父子が放浪したのは、父がハンセン病に罹り、地元に住めなくなったためですが(実際、放浪者となるハンセン病患者もいたようです)、最近映像化されたものでは、ハンセン病が理由ではなく父が犯罪を犯したためなど、放浪の理由は書き換えられています。

今の時代を舞台にするなら、やむを得ないでしょう。最近だと(と言っても結構前)、中居正広さん主演の日曜劇場でしょうか。

もののけ姫」ではタタラ場で働く人たちが包帯をしており、ハンセン病患者を描いたものと思われましたが、後に宮崎駿監督自身が、その思いを国立ハンセン病資料館で行われた講演の中で語っています。


www.youtube.com

 

5 長島大橋架橋、そして未来へ
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1970(昭和45)年に入所者たちから島と本土との架橋が提案されて以来、長年の推進運動の末、1988(昭和63)年に長島大橋が開通しました。人々はこれを「人間回復の橋」と呼び、隔離からの解放へ大きな前進となりました。

持ち帰ったパンフレット類の中に、架橋30周年記念シンポジウムの報告書があります。その中で印象に残った発言がありました。それは、愛生園が属する地域の住民のお話です。

(要旨)1970年頃までは、その地域に住んでいるだけでハンセン病がうつるのではないかと思われたり、療養所の職員の子どもというだけで破談になった。私たち地域住民も偏見や差別、風評被害を受けた被害者。

その方は、1961年に地元の金融機関に就職し、愛生園の職員に預金の勧誘をするため定期訪問していましたが、そのうち入所者から取引を依頼されるようになりました。そして、入所者と交流するうち、病気の知識が高まり、心を開いて理解し合える人間関係もでき、当初感じていた恐怖心はなくなったそうです。

 

さて、ワタクシ、社会派ブログを気取るつもりは一切ないのです。が、ハンセン病の歴史を振り返ることは意味があるような気がするのです。

隔離され、回復しても故郷に戻ることができない(愛生園に納骨堂が存在することが物語る)、そんな差別の歴史。

繰り返さないと胸を張って言えるように。

 

現在、この歴史を後世に残すため、長島愛生園の世界遺産登録を目指す運動が進められています。

 (^o^)/~~

 

 

え、猫が足りないって? では。

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 さべつ

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  No~~~!!

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。